勇の持たない日本縦断記

大学時代に行った半年間の日本縦断を書いていきます。旅好き、自分探し、人との触れ合いに興味がある方に刺激を与えることができるかもしれません。

① 記録的豪雨で幸先不安

 北海道から沖縄へ行くのにピーチを使いました。関西空港で乗り継ぎするのですが、その関西が記録的豪雨に見舞われていました。リムジンバスのタイヤはほとんどが水につかり走ると波が立ちました。空港に到着すると案の定、飛行機は出発を見合わせていました。本来、20時に沖縄について初日はドミトリーに宿泊する予定でしたが間に合いそうにないので宿泊先へ連絡しました。ご厚意により翌日に宿泊とさせていただきました。それからしばらくして飛行機が出発、到着は23時過ぎでした。

 わたしはスーツケースを押して街中まで歩いて移動したのですが、さすがに疲労が溜まり公園で野宿することに。とはいってもテントを勝手に張っていいものか分からず悩んだ末に身障者トイレに入りました。床に持ってきた断熱材を敷いて簡易的な寝床を作り寝袋に入り一夜を明かしました。

 翌朝、目覚めるとお経のような声が聞こえました。外に出て探索すると公園内に神社がありました。それは奥武山公園にある沖宮という神社でした。そこで参拝させていただくと旅の祈願とお祓いしていただき大きなおにぎりとみかんをご馳走になりました。もし天気が良く予定通りに沖縄へ着いていたらこのような出逢いはなかったでしょう。わたしはお礼を言って神社の清掃を少しさせていただきました。

 それからお昼にドミトリーに到着して泥のように眠りました。

はじめに ~現金10万円で日本を縦断する!~

 「10万人に1人が体験したこと」これをブログにすると面白いと恩師からアドバイスを受けました。そこで、大学3年生の時に休学して行った日本縦断を思い出しました。

 当時のわたしは来年には社会人ということで大きなプレッシャーを感じていました。アルバイトや学生団体、ボランティア活動を通じて素晴らしい学生や社会人を見てきて自分がちっぽけに感じていました。武器を持たずレベル1のわたしが社会という広大で鬼畜なオープンフィールドでやっていけるか不安と焦りが募る毎日でした。そこで、社会人数人に「どのような経験をしたら人は成長できるか、学生時代にしておきたかったこと」を聞いて回りまとめた結果が

 

持たない旅で日本縦断

 

という、とんでも内容でした。持たないというのは”お金、計画、手段”です。予算は手持ちで10万円。計画はおおよそ行きたい県や観光名所をチェックするのみ。背水の陣でとりあえず沖縄からスタート。手段とは移動手段を主に徒歩とヒッチハイクにする。

 温室育ちにはかなりハードなものでした。加えてわたしは健康面に不安がありました。中学時代のケガが原因で部分てんかんという病気になり、両足が痙攣すると歩けなくなる症状がありました。時間と治療の甲斐あって旅をする時点では滅多に起きなくなりましたが、痙攣が起きてしまえば今後も危険なため旅を終了しなければいけません。物理的にも精神的にも肉体的にも沢山の困難が待ち受けていました。

 日本縦断をしたいと言った時に両親ははじめ大反対でした。しかし1ヶ月何度も話して、facebookの投稿などなんらかの形で毎日生存連絡をすることを条件に許可を貰えました。それから2ヶ月アルバイトで15万円程貯めて旅に必要と思われるものを購入し、10万円を預金通帳に入れました。

 大学3年生の4月に休学を開始し、家族に見送られながら沖縄へ。終着は地元である北海道に半年でゴールすることを目標にしました。